今日は赤壁の戦いの日

12月15日ってこんな日ここで甘寧が一言「ニイメンハオ」


 あるいは「ジャーン!ジャーン!ジャーン!」「げぇっ!?」(以下略)

誕生日

忌日

事件

  • 208年(建安13年11月20日) - 赤壁の戦い孫権劉備連合軍が曹操の船団を打ち破る。
  • 1549年(天文18年11月27日) - 竹千代(のちの徳川家康)が今川義元の人質として駿府へ出立する。 ←でも横取り
  • 1557年(弘治3年11月25日) - 毛利元就が息子へ14箇条の遺訓(三子教訓状)を記す(のち「三矢の訓え」のモデルとされた)。
  • 1840年 - ナポレオンの遺骸がフランスに返還、アンヴァリッドに安置される。
  • 1937年 - 第1次人民戦線事件。鈴木茂三郎向坂逸郎日本共産党と人民戦線の結成を企てた容疑で検挙される。(反戦派に対する弾圧事件)
  • 1944年 - ヨーロッパへ慰問演奏に飛び立ったミュージシャンのグレン・ミラーが乗った飛行機が行方不明に。12月18日に戦死と発表。

(以上、wikipediaより該当部抜粋及び追記)


ここで脈絡無く「【MAD】 Black Lagoon ブラックラグーン SAC rise 」を投下。

佐世保の銃乱射事件。「キチガイに刃物、社会不適合者に鉄砲」「ピュアに壊れた犯人のピュアすぎる自己完結」で済む話なのかどうかはさておき、時期が悪けりゃブラクラの「日本編」は放送中止だったかもな。

佐世保・乱射事件 37歳男 教会で自殺 車に散弾銃2丁、迷彩服


 長崎県佐世保市名切町のスポーツクラブ「ルネサンス佐世保」で男が散弾銃を乱射し2人を射殺、子供を含む6人に重軽傷を負わせて逃走した事件で、佐世保署捜査本部は15日、同スポーツクラブの会員で同市船越町、無職、馬込政義容疑者(37)の犯行と断定。行方を追っていたが同日早朝、自宅近くの教会敷地内で血を流して死んでいる迷彩服姿の馬込容疑者を見つけた。遺体のそばには散弾銃1丁があり、自殺を図ったとみられる。捜査本部は殺人の疑いで、馬込容疑者を被疑者死亡のまま書類送検する方針。


 ■県警、容疑者と断定 死亡男性ら3人誘う

 関係者によると、馬込容疑者と、射殺された漁具製造業、藤本勇司さん(36)=佐世保市鹿子前町=とは時々会っており、前日にも馬込容疑者が藤本さんの自宅を訪れていた。

 事件当日も馬込容疑者が藤本さんをスポーツクラブに誘い、馬込容疑者に撃たれたという。馬込容疑者は藤本さんのほかに知人2人も事件当夜にスポーツクラブに来るよう誘っていた。捜査本部は、藤本さんら3人との間に犯行動機となるトラブルがなかったか捜査している。

 捜査本部は乱射事件後、同市内の銃所持登録者を調べ、散弾銃3丁と空気銃1丁の所持許可を得ている馬込容疑者が浮上した。

 馬込容疑者の所在を調べていたところ、15日午前1時ごろ、事件があったスポーツクラブから南西に約5キロ離れた同市船越町の教会前の路上で、乱射現場で目撃された逃走車の特徴と酷似した馬込容疑者所有の白いワゴン車を発見。4時間後、車内からは散弾銃2丁と空気銃1丁、迷彩服が見つかった。

 その後の午前5時44分、教会方向から発砲音がした。教会周辺には100人を超える警察官が集まり、近隣の道路を通行規制。犯人の立てこもりを想定し、県警は建物の前に警察車両でバリケードを張り、捜査員らが突入の瞬間を待ち構えた。

 降着(こうちゃく)状態はしばらく続いたが、午前7時35分、捜査員が教会敷地内で大量の血を流して死んでいる馬込容疑者を見つけた。首の付近に銃で撃った跡があった。同教会には馬込容疑者の母親が熱心に通っていたという。

 捜査本部や関係者によると、馬込容疑者は死亡した藤本さんと小学、中学と長崎県立の高校を通じて同級生だった。また、事件現場のスポーツクラブに今年6月入会し、約80回利用しており、事件の約5時間前の14日午後1時50分ごろにも、同クラブに入館した記録が残っていた。もう一人の死亡者の水泳インストラクター、倉本舞衣さん(26)=同市権常寺町=とも面識があった可能性がある。

 事件は14日午後7時すぎに発生、馬込容疑者はスポーツクラブの玄関から侵入し、ロビーやプール、事務室で十数発を発射。倉本さんと藤本さんを殺害、9〜48歳の6人にけがをさせた。↓ 馬込容疑者は、迷彩柄の上下の服を着てシルバーグレーのダウンジャケットを羽織り、白いフルフェースのヘルメットをかぶっていた。
(12月15日 産経新聞)